前回のreportで、「私はこの“シヒテン”という技法が大好きで、これまでも何枚も描いてきた。・・・なぜ好きなのかというと、一つには描いている間の心地良さがあるということ。もう一つは作品としてみた場合にも薄絹を重ねたような繊細で美しい表現が可能だということ。」・・・というようなことを書いた。
そのことについて改めて考えてみたのだが、たぶん水彩絵の具という素材そのものが、自分の性分に合っているのだと思う。
学生時代は芸術学部の美術学科に籍をおいていた私だが、最終的に油絵の具の質感になじめなかったような気がする(・・・そういえば食べ物も油っこいものが苦手だ、関係ない?)。
もちろん、洋の東西を問わず、油絵の具で描かれた素晴らしい絵画作品があるように、もっと努力して描きこんでいけばそれなりの表現方法も見出せるはずだったと思うのだが、厚塗りが嫌だからといくら溶き油の量を多くして薄く描いても、またテカリを消すための溶剤を混ぜても、やはりあまりしっくりとは来なかった。
・・・でも、基本的にあのアトリエに染み付いた絵具の匂いは好きだったし、またいつか手に取る時が来るかもしれない。
けれど、もともと透明な絵の具や水の質感が好きなのに加え、ある程度年齢を重ねた今は、だんぜん水彩画のほうが身体感覚に合っているようで気持ちいい。そして水彩画の中でも特に、この“シヒテン”の技法に魅力を感じているというわけだ。

ただし、実はこれまで“青い花”で“シヒテン”を描いた中で、一つとして作品として完成したためしがないということも事実なのだ。
(教室ではなく自宅で製作した際には、いくつかの作品を仕上げたこともあるのだが・・・)
先にも書いたように、私にとっての“青い花”における“シヒテン”とは、あくまでプロセスそのものが重要なのである。だからそれを作品に仕上げようとしたとたんに、私の中で異なる意識が働きだし、描き続けることに魅力を感じなくなるようだ。
実際、井手先生のここ数年の“シヒテン”の指導は、まさに「いかにプロセスを体験させるか?」・・・というところに焦点を絞られていることを実感するのだ。 最初の頃の描き方は、明らかに今とはちがっていたと記憶する。
ちなみに「ここ数年」とは、あのヴェレダ・2002年カレンダーの絵(植物のメタモルフォーゼ)を描かれた人智学系の画家 アレキサンダー・ビンター先生をRaumにお迎えして“シヒテン”の集中講座を指導していただいた、あの感動の5日間から現在までを指す。

素晴らしいビンター先生の講座。その思い出はあまりにも大きいので、また別の機会に書くとして、そろそろ教室のreportに入ろう・・・)
