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治療教育学習会 Report

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2007/10/24 第1回「人智学的な観点から障がいについて考える」
 

  

2007/10/24 

第1回

「人智学的な観点から障がいについて考える」


   

                            文・豊田康子                                   

 
■本日、治療教育学習会(仮称)の第1回目を無事開催することができた。私にとっては、ここ数年の間抱き続けてきた、半ば責務とまで化していた念願が叶ったわけだ。
 
私自身に関して言えば、主導役としての役目を完全には果たせたという感じがせず反省しきりだが、何はともあれ、障がい児(者)と積極的に関わっている現状から、さらに新しい未来を模索している4人の有志が集い、互いの思いや考えを(まだまだ十分ではないだろうが)交感することができたわけだ。
 
また、今日初めて会した同士もいるというのに、ここまで深い共感を得られる場であったことが、今にして思えば稀有なことのような気がしてならない。
 
学習会が終わって、皆さんが帰られた後のラウムに残った私は、何だか無性に嬉しかった。「…生きてて良かった」と、貴重な体験をお話してくださった人もいた。また、それぞれのもっている情報や力が有機的につながり、いつしか形になる予感がする(すでにその萌芽あり?)。
 
今日は、まさに素晴らしい記念日だといえる。お祝いだ!
 
 
 
■実際、それぞれが障がい児(者)と関わるフールドは異なるにしても、シュタイナー(人智学)の人間観を学ぶことは、様々な局面において非常に大きな力になるし、人生そのものの指針にもなると確信している。
 
そのことをふまえて、前半は、これから学習会を進めていくにあたって、学ぶべきことを概観し、障がい児(者)と向き合うときの基本的に大切な心の持ち方や態度について、少しふれた。
 
人智学のベースには、カルマ論が絶対不可欠なものとしてある。人生観や生死観の根本に、この輪廻転生という考え方がなければ、シュタイナー教育は成立できないと言っていい。
 
また、人智学の観点の中で、他にも主要なものとしては、ポラリティ(両極性)、3層構造(=頭部:胸部:腹部と四肢など)、4層構造(=自我:感覚体:生命体:肉体)、4気質、7年周期の成長、7つのソウルタイプ、12感覚…などがある。
 
それに加えて、発生学、生理学、自然科学的な学び、観察の手法も必要になってくる(これは“らせん教室”に参加してもらえれば最もいいのだが…)。もちろん、自分の感覚や感情を訓練するための、芸術的なワークも大切だ。
 
それらに、治療教育的観点がのってくる。医師の診断名に基づくそれぞれの障がいについて、3層、4層構造から観ていく。発達段階に応じたワークもある。
 
もっとあると思うが、一応、以上が今後やっていくことの主な内容だ。中にはバーバラ先生による[治療教育講座]を受講した際に得た知識もあるが、バーバラ先生のお話を記録したノートをそのまま公表するようなことは決してない。すべて私の受け持っているケースに絡めて話していこうと思う。
 
あと、ディスカッションの中で、参加者それぞれの抱えているケースや現状について話し、それを共有し、皆で考えるという時間をとても大切にしたい。
 
…ざっと見渡しただけでも簡単なことではないことがわかる。でも、時間がかかるということを否定的にとらえず、むしろ時間の中で熟成されていくものに期待したいと思っている。
 
※次回以降は、~2007年度末までのテーマを設定し、スケジュール計画表を作り、それに沿って行う予定です
 
  

 

 

 
■何故、私は、この学習会を始めたかったのか?
 
プリズムを約11年間続けてきた中で、障がいをもった子どもたちやその親御さんたち、また福祉に携わる方々や支援者と言われる方々と関わることができた。
 
このことが、私の人生にとってどれだけ大きな恩恵であったか…言葉では言い表せない程、感謝している。
 
特に子どもたちは、まさに私を導いてくれる教師、もしくはエンジェルだと、障がいの重軽度に関わらず、一緒の時間を過ごす内に、いつの間にかそんなふうに感じている自分に気付く。
 
だが、福岡市の…いや、全国的に日本の福祉事情は厳しく、政策や予算の面からも、また人材の面からも、子どもたちにとって必要な体験が十分にできるような環境が、周囲になかなか作られていかない現実を、折りにふれ悩ましく感じてきたのも事実だ。

…私が創作教室の講師として呼ばれている施設や作業所で、今でもよく言われることがある。

「障がいをもつ子どもや大人にとって、先生の水彩や粘土の授業は本当にいいものだということが、素人にも解るんです。だからもっと広い範囲で活動していただけませんか?…それが無理なら、先生のような人を増やすことはできませんか?」

この言葉は、やがて私の中で一つのインパルスとなっていった。


始めは、健常児のための造形教室から始まったプリズムが、周囲の必要性に応え続ける内に、いつの間にか治療教育的なアプローチをするようになっていた。不思議な縁の繋がりによって…

しかしそこに至るまでには、たくさんの子どもたちと接するとともに、人智学の様々な分野について学ばなければならなかったわけだが、それはすべて、目の前にいる子どもたちが、その存在を通して暗黙のうちに私に要求していたからだ。

そうした子どもの無言の要求(必要性)を感じ取る感性があり、それに応えようという気持のある人たちがいれば、私が何か力になれるかもしれない…そうして少しずつでも求められる人材が増えていくかもしれないし、また志を共にする人たちが集まることで、何らかの新しいうねりが生まれる可能性もある…と考えた次第。

何度も言うが、対象に向かうこと、そして芸術的な体験と学び…この3つを常に行い続けることが、人を健全にさせる道だと思う。.

                               2007/10/24